~Newsletter vol. 2 調査報告より~
松本 朋哉(小樽商科大学 教授)
昨年8月中旬、家計調査の準備のためにウガンダに赴いた。ウガンダを訪れるのは2019年以来だ。ビクトリア湖畔のエンテベ空港に着くと、心地良い風が迎えてくれた。いつ来ても気温湿度ともに快適だ。空港からタクシーでカンパラの宿泊先へ向かったが、新しい道路が開通していて、いつもとは違うルートだ。街中のバイクタクシーの群れを眺めながら、準備の段取りを脳内シミュレーションする。私が調査実施の際に心がけていることは、1)仮説を検証するために必要な情報を、2)精度の高い状態で、3)適切な情報源から収集することである。1点目は、質問項目を適切に選択することで、2点目は、質問の表現を回答者が理解できるように工夫するとともに、実際に聞き取りを行う調査員の質問票の習熟度を高めることで、3点目は的確なサンプリング設計を行うことで達成される。今回の調査は、過去に実施したインタビュー調査の追跡調査になるため、サンプリング設計を新たに行う必要はない。したがって、今回のミッションは、ウガンダ滞在中の3週間で、質の高い質問票を完成させること、トレーニングを通じて調査員の質問票に対する習熟度を高めることだ。時間が限られている中で、やることが多く自然と気合いが入ってくる。
本計画研究(B03)は「公平な⽔アクセスと⽔資源の持続的利⽤による貧困削減」をサブテーマの一つとし、⽔インフラが貧弱な途上国農村地域における⽔アクセスと農業・健康・貧困との関係に焦点を当て、⽔資源の持続的な利⽤と貧困解消、経済発展を両⽴させるための⽅策を検証することを目指している。研究の基礎資料になるのは、研究代表(私)および分担者らがこれまで中心メンバーとして関わってきた東アフリカ3カ国(ケニア、ウガンダ、エチオピア)の農村家計パネル調査プロジェクト(Research on Poverty, Environment, and Agricultural Technologie、略称RePEAT)で収集した家計・村落レベルの社会経済データである。RePEATは、政策研究大学院大学の開発経済学研究者(現神戸大学 大塚教授と現アジア開発銀行 山野博士)らが中心となって、立ち上げた農村家計調査プロジェクトで、2003/04 年にケニアで90 村900家計、ウガンダで94村940家計、エチオピアで42村420家計の調査を開始して以降、その後規模を拡⼤して、これまで数年おきにケニア、ウガンダで5回、エチオピアで3回の調査を⾏っている。ちなみに私は2005年から本プロジェクトに携わっている。このような3 カ国で⽐較可能な家計・村落レベルの20年近くに渡る⻑期間のアフリカ農村のパネルデータは、他に類を⾒ない。本計画研究で、この農村家計パネル調査を継続発展させるとともに、その⼀次データを本領域研究に携わる水文学、気候学などの専門家が提供してくれる⽔資源の時空間分布シミュレーションデータと組み合わせることで、⽔資源と⼈間社会、特に農業・健康・貧困との関わりについて中⻑期的な変遷を検証することが可能となる。
今回の出張は、このRePEATプロジェクトの一環として、ウガンダで6回目となる農村家計調査を準備するためだ。木島教授(政策研究大学院大学)と私が現地に飛び、山内教授(政策研究大学院大学)、永島博士(早稲田大学)が日本から後方支援してくれることになっている。今回の調査は、2015年の調査で対象とした117村の同じ家計(1村各15件)の7年ぶりの追跡調査となる。調査の実行部隊は、東アフリカの名門マケレレ大学のDick Serunkuuma教授が率いる調査チームだ。チームリーダーはマケレレ大卒のGeorge Sentumbwe氏である。二人ともRePEATプロジェクト開始当初からの付き合いで、信頼のおける頼もしいパートナーだ。図1はウガンダの衛星画像で、黄色ピンは、2003年調査初期からの調査地(94村)、白色ピンは2015年調査からの調査地(23村)の所在地を示している。
調査では調査チームが対象家計を訪問し、事前に内容が決められた質問票を用いて対面でインタビューする。質問項目の多くは、社会経済活動の経時変化を計測するために、過去に聞き取りしたものと同様のもので、最新情報を収集する。それらには、農村家計の家族構成、構成員の基礎情報、過去12ヶ月間の農業⽣産・販売活動、⾮農業活動、不労所得などの家計収⼊、教育⽀出や医療⽀出を含む消費活動、現在の保有資産・⼟地などの情報が含まれる。更に、今回の調査では、水共生学の一つの大きなテーマである「水とヒトとの関わり」に関係する項目として飲料水・農業用水へのアクセス、自然災害の被災状況などの質問を加えた。
RePEATでは、ある特定の仮説の検証に必要な事柄に的を絞って情報収集するのではなく、複数の仮説の検証に使える比較的汎用性の高い農家情報を収集する。そのために、質問項目がどうしても多くなってしまう。一件の対面調査に3時間以上かかってしまうこともある。わずかな謝礼で調査に協力してくれる方々には、いつも頭が下がる思いだ。一般に、質問票の質問項目が増えると、回答者の負担が大きくなり回答の精度が下がることが知られている。そのため、できるだけ質問項目を減らし、回答者の負担を軽減し精度の高い情報を得たいと思う。しかし、その反面、質問項目を増やし調査から得られる情報量を多くすれば、研究のネタが増えるという下心もある。研究者は調査で得られる情報の質と量のトレードオフに直面し、そのバランスに苦心する。今回も質問項目の選択に大いに悩まされた。
質問票の内容とともに重要なのが、調査員のトレーニングである。トレーニングでは、主に、質問票の読み合わせを行う。我々研究者が意図する質問の意味、調査地域で妥当な質問かどうか、回答者が理解できる表現かどうか、現地語での言い回し等を確認しながら、調査員が各質問を正確に理解し、全体の流れを把握するまで、繰り返し行う。また、現地情報に詳しい調査員から質問内容、質問の仕方に関して多くの指摘を受け、質問の表現、回答オプションの修正なども行う。調査データを統計処理することを目的とする調査では一般的であるが、ほとんどの質問の回答は、自由記述ではなく、個数、重量、価格などの数値情報か、あるいは、質問に応じ予めオプションが決められている離散選択の情報である。そのため、たとえば、農作物の収量に関する質問の単位表現が現地で使われているものと整合的か、飲料水の取得方法として妥当な選択肢のオプションが設定されているかなど、現地のコンテクストを考慮して、質問票の細かな点までを調整する必要がある。こうした細かな作業が肝要で、得られる情報の質を左右する。神は細部に宿るのだ。
ウガンダのRePEAT調査は、対象地域が広く使用言語の異なる複数の地域にまたがる調査で、対面調査では4つの言語を使う。使用言語とそれぞれの班が担当する訪問家計数を考慮し、5班25名(各班5名)の調査員で訪問調査を行うこととなった。滞在最初の2週間は、質問票の改訂と調査員のトレーニングに追われた。これらの作業は、調査用アプリのプログラミングとチームリーダーや調査員との会合の連続で、非常に大切ではあるが地味でストレスが溜まる。老眼が始まった身としては、こうした作業は疲れを知らない若手に譲りたいと思う昨今である。
3週目ようやくフィールドに行けることになった。質問票が現地の言語で機能するかどうか、各班がそれぞれの地域でプレテストを行うためだ。農村は広々として解放感があり、ゆったりと時間が流れている。ウガンダはどの地域もおおむね気候も良く、リラックスできる。私は、どの班について行くか迷ったが、中部地域を担当する班に帯同することにした。以前からこの地域の土地問題に関心があり、地元の方から最新情報を入手したいと考えたからだ。中部地域は、かつてのブガンダ王国の支配地域に対応し、ブガンダ地域とも呼ばれる。植民地時代、英国がウガンダ保護領内の1マイル四方の区画(マイロと呼ばれる)の所有権をブガンダ王国の貴族らに譲渡したのだが、100年以上前のこの土地政策が、現在深刻な土地問題引き起こしているのだ。詳細はここでは省くが、調査員がプレテストで訪問調査をしている合間を見て、周辺住民に聞き取りを行なった。面白い情報が得られた。プレテストは2日間続けられ、調査員から質問票に関する幾つかの問題点が指摘された。その後は、カンパラに戻り帰国ギリギリまで質問票の修正とチームリーダーらとの会合を重ね、調査票の最終版を調査用サーバーにアップロードした。あとは、調査チームを信頼して上手くいくことを祈りつつ、帰国の途についた。あっという間の3週間だった。白髪がまた増えたようだ。
帰国後、プロジェクトでは、軽微な問題が発生し、調査票のマイナー修正が必要なこともあったが、それ以外は概ね順調だった。しかし、調査開始して数週間後、Mubende地区でエボラ出血熱が発生し、同地区がロックダウンされ、調査対象の5つの村へアクセスが困難だと報告を受けた。調査員の安全を考慮し、また地域住民の健康を願いつつ、それらの5村での調査活動を移動規制が解除されるまで無期限で延期することとした。その後、チームリーダーのGeorgeから、新年の挨拶と共に1月3日から調査再開の知らせが届いた。現在、調査班が、それらの村々の対象家計から鋭意データの収集を行なっている。調査が終了次第、分析に取り掛かるつもりだ。貴重なデータを面白い研究に繋げたいと思う。